今回の歴史が行き歴史を知る、エピソード5は、武士の国薩摩で異彩を放つ陶芸の街、
美山をご紹介します。今回は作者自らが、本年2月の連休時に実際に美山に行った際の
エピソードを交えてご案内する特別編とさせて頂きます。美山は鹿児島市内から車で
40分程の山に囲まれた場所に有り、静かな佇まいの中に16軒の窯元が集まった
集落が有ります。今回はその中で、亡き司馬遼太郎先生の小説「故郷忘じがたく候」
モデルとなった沈寿官氏の窯をご案内します。皆様は薩摩焼やその中の黒薩摩や
白薩摩という言葉は聞いた事があると思います。ではその薩摩焼のルーツが朝鮮半島に
有る事はご存知でしょうか?この美山という陶芸の街は朝鮮と日本とを繋ぐ悲しい歴史から
現在に至る歴史が刻みこまれてきたのです。学校の教科書でも豊臣秀吉が天下を取った晩年、
自分の存在を世界に知らしめるため、中国を目指し、朝鮮半島に軍隊を派遣したという話を
聞いたことがあると思います。(文禄・慶長の役)この政策は結局の所、豊臣政権を滅ぼす
出来事となったのですが、その際に多くの朝鮮人の人々が日本に連れてこられたという事は
ご存知でしょうか?戦国時代の頃より多くの大名は芸術を競うようになり、特に茶器や陶芸品は
高価な商品として扱われ、また自分の力を誇示する物として珍重されておりました。この時代
薩摩島津家は、窯がないので陶芸品を作る事が出来ず、殿様までも茶碗などは木製であった
との事です。薩摩の島津家も秀吉の命により朝鮮半島に出兵したのですが、島津家はその際に
多数の朝鮮の陶芸家を自国に連れてきました。その後、薩摩に連れてこられた薩摩島津家の
庇護の元、美山地区に集落を構え、窯元を造り、故郷への哀愁を陶芸にぶつけるように多くの
陶芸品を造り出し、島津家に多くの作品を献上しました。そして彼らが作り出した作品は、
島津家を通じ、京都の公家や大阪の豪商をも感動させ、世の多くの人々に知られるところと
なります。朝鮮より連れてこられた彼らの努力によりこれらの作品が薩摩焼と呼ばれるように
なったのです。そして薩摩島津家も彼らの努力により芸術の薩摩と呼ばれるまでになりました。
島津家も彼らを庇護、優遇し、「崔、朴、金、沈、丁」など朝鮮名をそのまま名乗る事を許した
との事です。その中で今回、紹介する沈寿官家は当主代々この「沈寿官」という名を名乗るの
ですが、現在15代目で朝鮮半島より連れてこられた初代より現在まで400年の歴史を有して
おります。今回作者が現地を訪れた際、美山陶芸館でイベントが開催されており、15代沈寿官氏が
淡々と周りの職工の人々に指示を出し、沈寿官氏自らも窯に向かう風景を見させてもらいました。
また、沈家の窯も見学しました。窯元は歴史の深みとともに、この薩摩という国で、朝鮮人の
プライドを忘れず、日本という国と真正面から向き合った陶芸家としての魂みたいなものを
感じました・・。先程もご紹介しました、亡き司馬遼太郎先生が14代の沈寿官氏を書いた
作品「故郷忘じがたく候」の中で印象的な文章が有ります。14代沈寿官氏が高校に入学した
際に、上級生より、当時の歴史背景もあったと思われますが「このクラスの中に朝鮮人がいる、
でてこい」と言われ、上級生より鉄拳制裁をされたとの事です。家に戻ってから14代沈寿官氏は
父の13代沈寿官氏に涙を溜め、何故自分がこのような目に合わなければならないのか?と父に
問いかけたとの事です。その際に父の13代沈寿官氏が述べた言葉は「自分も中学校に入った際に、
お前と同じような経験をした」そして先祖がどのようにして、薩摩に来て、そしてその困難の中で
沈家が生きてきたかという歴史を話したとの事です。そして「勉強も一番になり、喧嘩も一番になれ、
そうすれば周りの人々のお前を見る目も変わる」と13代沈寿官氏は説いたとの事です。そしてその後、
父の言葉通り喧嘩も一番になり、勉学も京都大学に入るまでの学力を有し、13代沈寿官氏の言葉を
実践したとの事です。14代沈寿官氏は自分に流れる朝鮮人の血と自分が今まで生きてきた日本という
国の中で葛藤したに違いありません。このような歴史の中で現在に至る薩摩焼の文化は育まれ、
故郷朝鮮より薩摩に連れてこられた朝鮮の人々の努力により生まれた芸術作品なのです。尚、
朝鮮から連れてこられた朴家の末裔で異色の存在が後に生まれます。大日本帝国時代の最後の
外務大臣で戦争末期の終戦工作をしたといわれる、東郷茂徳です。
作者もこの度、沈寿官氏窯元で黒薩摩を購入致しました。この黒薩摩で焼酎のお湯割りを飲んでいると、
400年以上の歴史の中で、日本という異国において陶芸家としての生活を貫き、多くの芸術文化を世に
残した沈家及び美山の陶芸家の祖先達の努力を賞賛せずにはおれません。今後も薩摩焼の文化が
多くの陶芸家達にその歴史が受け継がれて行く事を願うばかりです。
先君の陶芸家達の努力と涙を想いうかべながら、今日も黒薩摩で焼酎をぐびぐびと・・

● 「沈寿官氏窯元」への行き方
JR鹿児島本線、東市来駅下車、タクシー又は路線バスにて10分
● 周辺施設
美山陶遊館
※ 元外相東郷茂徳記念館

                        (エピソード6に続く

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